
「先生はお坊さんですか?」
と、患者様によく言われます(^_^;)
いいえ、私は坊さんでも宗教家でもありません、人から見ると穏やかそうな雰囲気がそう感じさせるようです。
はじめて来院される方は、どんな人が施術してくれるのだろう?と不安がありますよね。
そんな方のために、私が治療家になるまでの自己紹介をさせていただきます。
どうぞよろしければ続きをお読みください。
~空手にはまる日々~
私生まれは静岡市、小・中・高まで静岡で暮らしていました。
私の幼少期はとても貧弱で病気がち、体も細く、あだなは「ほそっちゃん」。
体力がなくて、マラソン大会なんかは特に苦痛で、最後の方を競ってるくらいでした。
弱いことからの劣等感か、小学校の頃から強さへのあこがれはありました。
それでプロレスやボクシングなど、格闘技もののテレビや漫画はよく見ては憧れていましたね。
中・高校はそれほど運動はしてこなかったのですが、山梨の大学に入学し、意を決して空手部に入部。
外を走るに部旗をかかげ、火傷しそうな真夏の暑さも、凍りそうな冬の冷たさも、裸足で駆けろと根性論が司る部活。
何かと無茶ぶりをする頑強揃いの先輩やOB方。
そのお陰で、か弱い私も人並みに丈夫になったかと思います。
大学卒業後は東京で会社勤めをすることになりましたが、それよりも空手に夢中でした。
東京での生活で、まずしたことは、空手の道場探し。

漫画『空手バカ一代』に憧れてましたから、入ったのは極真空手です。
線が細い私にはもろに殴ったり蹴ったりしあう極真空手はきつかったですが、やりがいはありました。
その道場の先生は、中国武術の練習も取り入れており、はじめてその先生の突きをうけたときの衝撃を今でも覚えています。
ミット越しで受けた突きの強烈な衝撃に、一瞬にして体ごと端の壁までふっ飛ばされ、中国武術の凄さを知りました。
そこから、中国武術の思想の基である気に興味をわき、次第にその気の思想から成立した東洋医学に引かれていくこととなります。
~旅のすえに~
一方、会社勤めですが、仙台に転勤になり、悶々とした日々をおくります。
もともと仕事に対してあまり興味がわかず、それより武術のほうが夢中でしたから。
それに加えて、立て続けに上司や先輩方が病気で入院することになり、このままではいずれ私も・・・という思いがよぎります。
健康については、学生の頃から自炊をしたり、薬はほとんど飲まなかったりと、健康オタクの方だったので、このまま会社を続けていても、将来楽しくないのではと思うようになります。
また昔から、植村直己さんや埜口保男さんの冒険家の本を読み、憧れるところがありました。
「自分のやりたいことをやろう!!」
そこでまた意を決して、会社には「旅に出ます」と告げて退職することになります。
仙台のアパートにあった荷物を全て引き払い、自転車に生活用具をかかえて、日本一周の旅です。
全国47都道府県を回り、四国お遍路を廻り、一年くらいの野宿旅だったかと思います。
大きな荷物を載せて自転車で走っていると、皆さん優しくて、応援してくださるんですよね。

その時は真っ黒に日に焼けて、風呂なんてたまにしか入らず、公園か川で体を洗うくらいで、同じ服を何日も着ていたし、人生の中で一番汚かったんだと思います。
汚いくて臭かったと思うのですが、そんな私にも優しく声をかてくれて、食べ物はしょっちゅう頂いてました。
時には餞別や一夜の宿を貸してくれる方もいらっしゃったり。
とてもありがたかった。
とてもたくさんの温かい慈悲をいただきました。
多くの方々からご恩をいただいたお陰で生きられたと思います。
このご恩はいつかしっかり世に返さねばと何度も旅中に誓ったものです。
そんな紆余曲折の人生でしたが、この旅での経験と、学生の頃からの武術の経験が、今の職につながっていきました。
「東洋医学の世界で人々の健康のお役に立ちたい」と思うようになったわけです。
このような経験からお坊さんみたいと言われような雰囲気が出てるのかもしれません。
私は全然そうだとは思いませんが(^_^;)
~はり灸マッサージの国家資格を取得して~
その後は『はり灸・あん摩マッサージ指圧師』の専門学校に入学し、国家資格を取得。
はり灸の専門学校ってのは、私みたいに一度離職組から、高校卒の現役の若い子達、子育て中の主婦の方、はたまた定年退職してから新たなチャレンジという人まで、クラスに色んな年齢層がいて、在学中はとても楽しく、励みにもなりました。
卒業後は、数種の治療院で働き経験を積み、2011年静岡にて独立開業しました。
そして2019年に掛川へ移転し、現在に至ります。
なお、当院の施術室には『鍼灸是慈悲行』という、とても力強く描かれた書が飾られています。
これはお遍路旅で出会った和尚さんから、専門学校を卒業したときにいただいたものです。
今でも私のモットーであります。
治療は『慈悲行』であることを心がけ、皆さまのお役に立てるよう誠心誠意、施術させていただきます。
また私は昔から料理が好きで、学生の頃は食堂や居酒屋でバイトをしたり、男子が恥ずかしながら料理教室も通っておりました。
静岡のマクロビオティック料理教室「12cups」にて初級~上級クラスも修学しました。
健康の基礎のひとつとして食はかかせないと思っております。
といっても玄米菜食をおすすめしているわけではなく、野菜、海藻、魚貝類、お肉など、バランスよくいただくのが良いと思います。
私の家では和食を中心に、旬の食材を使って妻が料理をしてくれています。
そのお陰でとても健康に過ごせております。
こちら↓に掲載している料理のレシピは私が自作したものです(^_^)

簡単でからだと心に優しいお野菜レシピを紹介しておりますので、どうぞお役立てください。
私の自己紹介はこんな感じで終わりにさせて頂きます。
人それぞれ色んな人生があると思います。
旅で出会った和尚さんから、人生において大切なものは、
「ただ、今」だと教えてもらったことがあります。
過ぎ去った過去はなく、今、この刹那、瞬間を大切に生きなさいと教わりました。
どうか皆さまも今を充実した人生をお迎えくださることを願っております。
そのために、私も健康のお手伝いをさせていただきたいと思います。
どうぞよろしくお願い致します<m(__)m>
〇プロフィール
名前 | 杉山 尚秋(すぎやま なおあき) |
生年月 | 1976年6月 |
国家資格 | はりきゅう・あん摩マッサージ指圧師 |
卒業校 | 中和医療専門学校 はりきゅう・あん摩マッサージ指圧科卒 |
趣味 | 料理、空手、八光流柔術 |
家族 | 妻と長女、父母の5人暮らし |
プロからの推薦の言葉

オカダ治療院 院長(愛知県)
岡田行王
自然堂治療院院長 杉山先生とは、鍼灸マッサージの学校の同級生でした。
もともとお互い空手が好きで、空手の稽古をしたり治療しあったりした仲です。
杉山先生は、とにかく研究熱心で、全国に治療技術の研鑽のため講習会、勉強会に参加され、技術を磨いておられます。
私自身、体調を壊したときに杉山先生に治療して頂き、どれだけ助けられたかわかりません。
同じ施術家ではありますが、近くにあればこれほど頼りになる施術家はそうはいません。
それだけ高い技術を持つ杉山先生ではありますが、とても頭が低く性格の温厚さ、人間力の高さも備えております。
まさに、「頭は低く目は高く、口慎んで心広く、孝を原点として他を益す」という極真精神を、杉山先生は身をもって体現しているような方です。
もし、掛川市の皆さんで、身体の不調、痛みを感じて苦しんでみえる方は悩むことなく杉山先生の治療を受けてみることをお勧めします。
必ずや痛みに苦しむあなたの期待に答えてくれると思います。